東町岩滝大神楽保存会の活動と経過


旧岩滝町、岩滝連合区の神楽保存会(神楽組)より引き継がれた岩滝神楽は昭和五十五年の祭礼より岩滝連合区、各4区で子ども神楽での門付け、奉納となり、その中で東町区では区から依頼された大人が囃子を習い、舞は旧岩滝神楽保存会で活動をしてきた方にお願いをして、存続する事となる。昭和六十一年、区を挙げて囃子方を勧誘され約10名が笛を習い始める。
平成二年、脱落者が多く囃子方の人材不足で、子ども神楽の存続が困難な状況下にあり、区より助成金を設けるので組織を作り何とか存続をと苦渋の願いを受け、囃子方と、子ども神楽に携わってきた有志で「東町神楽同好会」を結成する運びとなる。
会の活動費は祭礼による門付け収入の中から、東町区からの助成金という形で、区の予算組みとなる。

平成四年、伝統芸能の保存という目的と、向上心を持って活動する志で取り組む事を誓い、旧岩滝神楽保存会の 先輩に指導を仰ぎ、廃れていた舞の復活の為に、五月の祭礼後も精力的に稽古に励み、「扇の舞、乱の舞、御宝楽舞、祇園囃子」を復活させる。

岩滝板列稲荷神社祭礼に向けては、同好会が自分達の稽古と共に子ども神楽を指導し、大人と子どもでの門付けの定着を図る。

平成四年四月、岩滝町農協、年金友の会総会出演

平成四年十月、天の橋立2デイマーチのアトラクション出演

平成五年、祭礼役場前奉納で初の「乱の舞い」披露

平成六年、 板列稲荷神社奉納の岩滝連合区、4区中で唯一、伝承舞の全てを保存する団体となる。 老人ホームや結婚式でも披露するなど、精力的に上達に励みながら活動を行う。

平成七年十一月、天の橋立岩滝温泉祭りに出演する。  

平成八年九月、会の目的を、はっきりさせる為、「東町岩滝大神楽保存会」と名称変更し、会則も作成する。

平成九年三月、東町区初午祭の日に板列稲荷神社で、保存会の門出の無事を願い祈祷を受け舞の奉納、その日の東町区初午祭でも奉納する。 翌年からも初午祭に奉納する事となる。

平成九年七月、(社)宮津青年会議所創立30周年 記念式典のアトラクションに出演する。  

平成十二年十二月、岩滝町の人材育成事業の助成金を受け、三重県桑名市、増田神社へ国指定重要無形民俗文化財「伊勢大神楽」総舞いの視察研修旅行を行う。

平成十三年、5月の祭礼は岩滝町大名行列の実施の為、門付けが中止となり、神輿巡行の役場前奉納は保存会が連合区を代表して単独で執り行う事となる。

平成十三年十二月、「敬宮愛子内親王」ご誕生になり、ご誕生を祝し、平成十四年元旦0時、板列稲荷神社で5つの舞を奉納する。 翌年からも板列稲荷神社、新年奉納として保存会の定例事業となる。

平成十四年五月、宮津ライオンズクラブ40周年記念事業の丹後夢浪漫ふるさと伝統芸能祭に、岩滝町に伝わる伝統芸能として町を代表し出演する。

平成十六年四月、野田川町岩屋へ扇の舞を伝承する。

平成十六年五月、岩滝町ふるさと芸能講演会に出演する。

平成十七年八月、岩滝町商工会、サマーフェステバルに出演する。

平成十七年八月、京都府神社庁の第31回神職大会の清興に出演する。

平成十七年十月、天の橋立岩滝温泉祭りに出演する。

平成十八年三月岩滝、野田川、加悦の3町が合併、 与謝野町となる。

平成十八年十一月、与謝ソフトボール協会創立40周年記念式典に出演する。

平成十九年十一月、宮津ニュージーランド協会主催、姉妹都市ネルソン市からの訪問団を送る、さよなら パーティーで地元伝統芸能として披露する。
平成十九年十一月、丹波篠山へ「伊勢大神楽、渋谷社中」による総舞い見学の日帰り旅行を行う。成十九年十一月、100万円の「与謝野町自治振興補助金」を受け、猿田彦装束、上着、袴、幟等を揃える。平成二十年元旦、板列稲荷神社、新年奉納で 東町岩滝大神楽保存会として10年が経過し、 平成二十年となる節目として、全ての舞を奉納する。   
平成二十年六月、保存会ホームページを立ち上げる。
平成二十年八月、「楽食・楽座inよさの」出演する。
平成二十一年一月、新年奉納を行う(通算7年目となる)
平成二十一年二月、「天皇陛下御即位二十周年を奉祝する京都北部府民の集い」の開演セレモニーに出演する。
平成二十一年二月、与謝郡視聴覚言語障害センター開所式に出演する。
平成二十一年六月、京都平安神宮にて開催の「奉祝 天皇陛下御即位二十年記念 京の祭り舞台」に、京都府北部を代表する例祭での民俗芸能として出演し、奉納する。

平成二十二年四月、町内三河内区、出雲大社巌分祠の御鎮座五十年大祭にて奉納する。

平成二十二年七月、特別養護老人ホーム、岩滝あじさい苑にて慰問の披露を行う。


平成二十二年九月現在  東町岩滝大神楽保存会



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